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吉田研書評② 〜社会学入門 人間と社会の未来 (見田宗介著)〜 

 

Google Adsense に申し込んだら、ブログの文字数が足りないと言われたので、書評兼備忘録として、最近読んだ見田宗介社会学入門について書こうと思う。

 

ネタバレも含むと思うので気にする人は個々でUターンした方がいいと思います。

 

 

 

 

それでは。

 

内容自体もさることながら、非常に平易な文章で書かれていて分かりやすかった。

おすすめ。

 

印象的だった部分を備忘録的にまとめておくと。

まずこの本で、彼自身が解きたい問題を〈死とニヒリズムの問題系〉と〈愛とエゴイズムの問題系〉と定義している。

 

前者に関しては人はいつか必ず死ぬし、人類そのものもいつか死滅する。それが存在したという記憶さえもいつかは消えてなくなってしまう。そういう虚しさを前にしてどう生きたらいいのか、という問題。

 

後者に関しては、その人は生きているうちにすべての個体は「自分」という存在を世界の中心のように感じながら、他の「自分」と争ったり愛しあったりする。

その「自分」と他の「自分」との関係が様々な友好関係や恋愛関係から政治問題や国際関係に至るまで、あらゆる関係性の起源となっている、それについてどう解釈するのかという問題。

 

これらの問題について、

あくまでも論理と実証という方法で、いわば「経験科学的」な方法で追求してゆきたかった

というのが彼の中心にあるということ。

このことは彼の別の著書を読む上で重要になってくるんだと思う。

これらの問題を解くために種々の理論を構築しているんだと言うのが非常に分かりやす感じると思うから。

 

 

本書では主に人と人との関係性というのはどのようなものであろうかということを理論的に定式化していて、個人的にその考察に非常に感銘を受けえた。

 

この本では社会構想の形式(人と人との関係性)を

 

<関係のユートピア・間・関係のルール>
<ゲマインシャフト・間・ゲゼルシャフト>
<交響体・の・連合体>

 

と言ったように定式化していて、平たく言えば<交響体>と言うのは恋人や家族、友達といった親しい間柄の人たちの集合になる。

 

<連合体>と言うのはそのような親しい関係の外にある人たちとの関係。

それは現代において身の回りの物はほとんど知らない人たちによって生産されており、決してそのような人たち無しでは生きていけないのは明らかであるから、そのような人たちともある種の関係で結ばれている。

つまり個々の交響体がそのような関係で相互に結びついて連合体を形成しているということ。

 

 

交響体の中(<交響圏>)の個々人は<交歓>という関係のモードで結ばれていて、連合体は<尊重>という関係のモードで結ばれている。

また連合体と言うのはルール関係で結ばれておりこのことを<交響圏>に対応させて<ルール圏>と呼ぶことが出来る。

 

直感的にわかると思うけど、砕けた言い方をすれば一緒にいて楽しいような他者の存在が交響関係、全く親しくは無いけど例えば市役所の職員やスーパーの店員ような生きる上で絶対に必要となる他者の存在がルール関係となっている。

 

ここからが面白くて、<交響圏>と<ルール圏>は滑らかに繋がっていて、たいていは交響関係とルール関係交じり合ったような状態になっている。
<交響圏>の純化された極限が"純粋な<愛の絶対境>"で、これは<他者の歓びが直接に自己の歓びであり、自己の歓びが直接茶者の歓びである>というような関係だけど、これは現実的ではない。

そこでルール関係の補助的な導入を必要とする。


平たく言うとどんなに愛してる人(人じゃなくてもいいんだけど)がいたとしても、そこに上述のような完全なる一致は無いわけで、ある程度のルールが敷かれるということ。

 

逆の極限に関して、すなわち<ルール圏>の極限については赤の他人でも、突然のように、純粋な交響性の火花のようなものが走る瞬間に打たれてしまうということがある。

それはその人との関係に圏域の変化があったと捉えることも出来るんだけど、すべての人(もの)との間に、このような不可視の交響性が、予め潜勢しているのだと考えてみることもできる。

この見田宗介の解釈に非常に感銘を受けた。

 

と言うのは、宮台真司がよく言うような他者との関わり方、コミュニケーションの問題について、それが予め潜勢している交響性を引き出す能力が極端に欠如しているという解釈ができるようになったこともそうなんだけど、僕らはそもそも他者との間にそのような交響性を持っているというのがすごい励みになったというか、人との繋がりを感じたというか、システマチックな社会というのが、実は利害関係ではなく交響関係によって支えられているという解釈に感動したんだと思う。

 

赤の他人の不幸を見て悲しくなるのは、その人との間に交響関係が潜勢していることによるもので、合理的な関係すらも、その根っこには人と人との交響性のポテンシャルがあるってかなり面白い考察だと思う。

 

さらにアクチュアルな話をすれば、じゃあどのようにその潜勢している交響性を引き出すかということになると思うんだけど、そこについてはいろんな人が色んな風に試行錯誤してるし、一般的な自己啓発書なんかも最終目的はこの交響性の発露であって、手段がそれぞれだという程度の話だと解釈できる。

 

もっと言えば、その交響関係と言うのは一般的な"幸せ"に直結するもので、生きる上でかなり重要になってくる要素で、それについてしっくりくる定式化をしてくれたといのは非常に意味のあることだと思った。

 

色々と考えさせられることが多い本だった。

 

そんなわけで書評終わり。